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【読書】ジェネラル・ルージュの凱旋(海堂 尊)

2008年11月18日
NikiNiki会員 みっちゃんパパさんの日記から

ジェネラル・ルージュの凱旋(海童 尊 著)


「ナイチンゲールの沈黙」で描かれていた,患児の父親の殺人事件。

そこで,このシリーズの主人公である東城大学医学部付属病院の万年講師・田口は
かなりの時間を割いてバッハの「マタイ受難曲」(どうやらカットなしだと約3時間を越える大作らしい)を,
異なる演奏者によるCDで10枚は聞き比べ,それと同時に
バッハがこの曲を作ったときに住んでいた風景の写真を想起できるよう訓練していたはずなんだが…。

なんと同病院に勤務する同期で,救急救命センター部長の速水が,
特定業者と癒着して収賄をしているという告発文が,田口講師が委員長を務めるリスクマネジメント委員会に届き,
病院長とも協議の上周辺を調査しなければならないという重責まで負う。

その内容から,倫理問題審査会(エシックス・コミティ)の委員長・沼田助教授に相談するが,
これが前リスクマネジメント委員会委員長直系らしく,好機到来とばかりに田口講師に襲い掛かる…
あくまでも表面上はロジカルに。

しかし,だ。
救急救命センターの速水部長は,救命センターが設立される前に起こった大事故を,
一介の駆け出し救命医でありながら陣頭指揮して多数の命を救い,
その指揮ぶりには当時の外科部長をして従わざるを得なかったという伝説をもつ,
「血まみれ将軍(ジェネラル・ルージュ)」であり,彼なくしては東城大学医学部付属病院ばかりか,
この地域の救急医療は成り立っていかないのだ。
 
そして彼は,この地の空にドクターヘリ導入を切望している。

倫理を声高に振りかざし,研究の存在理由(レゾン・デートル)をみようともせず
あら捜しするばかりのエシックス委員長には,こう言い放つ。

「何でもかんでも倫理,倫理とわめきたてるのは,やめにしてもらいたい。
俺を裁くことは誰にもできない。ただ一つの存在を除いて,な。」


「それは何ですか?」

「俺を裁くことができるのは,俺の前に横たわる,患者という現実だけだ」

 

病院経営に黒字を求め,救急医療の現場にすらそれなりの収益を求める事務方に,彼はこう言い放つのだ。

「現在の経済システム下では医療の根幹を支える部分が冷遇されている。
俺たちの仕事は,警察官や消防士と同じだ。トラブルがなければ,単なる無駄飯食い。
だからといって国家は警察官や消防士に利益を上げることを要求するか?
そんな彼らに税金という経済資源を配分することを,国民は拒否するのか?」


どうやら彼は,厳しくなる財政事情の中,機材等の収賄で得たものを,救急医療の運営に当てていたらしい。

そんな彼を裁くことができるのか。
病院長から彼の処遇について全権委任を受けたリスクマネジメント委員長で万年講師,
何より友人の田口はどういった決断を下すのか。

そこに,バイパスでのタンクローリー事故の報道が入る。近くに石油タンクがある場所。
しかも,その日はすぐ近くの大型ショッピングモールのオープンで,沢山の人が付近に押し寄せていた…

救急入電を待たず,ジェネラル・ルージュは動き出す。
そう。彼に「神」が降りてくるのだ。

血まみれ将軍。
その名の由来は,本当はそうではない。

未曾有の大惨事の中,報道ヘリばかりが空を舞い,ドクターヘリが全く飛ばない夕焼けに,ジェネラルが吼える…



大学病院というところは,病院長を頂点としたヒエラルキーで構成されているというばかりではなく,
よくよく観察すると複雑なモザイクを用いて危ういバランスを保ちながら組み上げられているもののようだ。

権威・権力という麻薬に毒された人々が,その命題である「病から人を救う」ということを忘れ,
泥沼を突き進んでいく様子が垣間見える。

その一方で,わが身やスタッフを極限まで鼓舞し,消え入ろうとする命を呼び戻すことに懸命になる医師もいるんだ。

現代医療と周辺が抱える病巣を抉りつつ,人間に焦点を当てた作品。

これも映画化を望みたい。


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